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2013.07.12 Friday

イベンダー・ホリフィールドvsマイク・タイソン第1戦

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    JUGEMテーマ:ボクシング
    あつい…あつい…あつい…

    連日猛暑日の続く関西…。暑いのだか熱いのだかよくわからなくなります。英語なんて読んでる場合じゃないよ!と思いながらも、今回は以前ご紹介した「伝説の番狂わせ試合」のランキングから試合解説をお届けします。

    読んでいただくのは、5位にランクインしたホリフィールドvsタイソン第1戦!なぜ今これかというと…単に翻訳しやすそうだなと思ったから…。暑くて頭が回りづらくなっているのです。

    ランキング紹介記事では、ダグラスvsタイソンの解説をご紹介しているので、そちらと合わせてお楽しみください!

    【イベンダーホリフィールドvsマイク・タイソン第1戦(web上のアメリカ、リングマガジンの記事より)】

    何年にもわたって、タイソンvsホリフィールドの対戦はボクシングファンにとっての<聖杯>(注:キリストが最後の晩餐に用いた酒杯のこと。ここでは最高峰の戦いがついにみられる喜びを表すと思われる)とされてきた。それは、2つの世代における最も力強く爆発的な2人の大男が激突するから、というだけではなく、またその試合が行われるということは決してドン・キホーテのようではなく、ヘラクレス(注:ギリシャ神話で、12の難業を遂行した大力無双の英雄)のような大仕事が行われるということであったからだ。

    2選手の戦いは、当初は1990年6月に予定されていたが、ジェームズ・バスター・ダグラスが10ラウンドにタイソンをノックアウトするという人生最高のパフォーマンスを披露したことで、全てが立ち消えてしまった。ホリフィールドがダグラスを1発KOに沈め、たぐいまれなるタイトルを獲得した時、彼とタイソンは1991年の11月に戦う予定が組まれていたが、<鉄人>マイクが肋骨を負傷したことで延期になった。試合が再度組まれてから、タイソンはレイプの罪で逮捕され、有罪となり3年半の服役生活を強いられた。

    その間に、ホリフィールドはリディック・ボウによりタイトルを失い、1年後にWBAとIBFタイトルを取り返している。それからホリフィールドはマイケル・モーラーにそのタイトルを奪われ、心臓の疾患を診断された結果引退宣告を余儀なくされた。ホリフィールドは、のちに誤診だったと述べている。

    ホリフィールドはカムバックに向け動き出したが、以前と同じ選手のようには思われなかった。彼は10ラウンドにわたってダメージを受けた試合でレイ・マーサーに判定勝ちし、8ラウンドTKOでボウとのラバーマッチに敗れ、元ライトヘビー級・クルーザー級のタイトル保持者であるボビー・サイズに5ラウンドストップ勝ちをおさめた。

    一方、タイソンは服役生活を終えたあと、信じられないことに再び無敵のオーラを手に入れた。彼はピーター・マクニーリーを89秒で粉砕し、バスター・マシス・ジュニアを3ラウンドで沈め、フランク・ブルーノからWBCタイトルを奪い、指名挑戦者であるレノックス・ルイスと戦わなかったことでそのタイトルを剥奪されたあと、ブルース・セルドンを109秒で打ち負かしWBAタイトルを獲得した。

    34歳のホリフィールドがもがき苦しみ、タイソンが新しい破壊性を身につけたことで試合前の予想はまるで禁じられた話をするかのような色合いを帯びた。問題はホリフィールドが勝つか負けるか、ではなく、むしろ彼が生きるか死ぬか、のようだった。ホリフィールドはこういった懸念に対し、医療テストをパスすることで静めようとしたが、、そのあとですらほとんどの人が<リアル・ディール(ホリフィールドのニックネーム)>を信じることはなかった。オッズは25−1でタイソン有利と出ていたが、試合直前には6−1に落ち着いた。リングサイドにいたスポーツライターは40人いたが、たった1人がホリフィールド勝利と予想した。

    また第1ラウンドに試合が終わってしまうことを危惧したある中継会社は、メインイベントが続く1ラウンドごとに視聴者に5ドルを課金する<ペイ・パー・ラウンド>チャージを採用しようとしたが、不成功に終わった。

    タイソンは、恒例となっている突進をみせ、最初の右パンチでホリフィールドをよろめかせた。しかし、最初の攻撃が成功したあと、長い時間フラストレーションに悩まされることとなる。約189センチあるホリフィールドは、約7センチほどタイソンより身長が高く、彼の彫刻のような上半身は驚異的な強靭さを持っており、その価値はタイソンが把握していなかったところであった。クリンチでタイソンの重心をうしろへ下がらせ、ホリフィールドは身体的有利さを活かし、知的なカウンターをしばしばヒットさせた。誰もが驚いたことに、タイソンはホリフィールドを押し戻すことも、威圧することもできなかった。最初のラウンドのゴング後、タイソンがホリフィールドにパンチを打ったとき挑戦者であるホリフィールドも自分のパンチを振って応戦した。

    「しなければいけないことは、冷静でいることだ。なんでもみえるように。」とチーフ・セコンドのドン・ターナーがホリフィールドに告げた。「お前はここでは大将なんだ。あいつはそうじゃない。」

    他の何選手もを震え上がらせたタイソンの神秘性とパンチのパワーは、ホリフィールドにはなんの効果もなかった。タイソンにとってさらに悪いことには、2ラウンド終盤に繰り出した連打でタイソンの頭が左右に揺れ、ホリフィールドは自分自身のパワーも存分に持ち合わせていることを証明したのだった。そのコンビネーションによって、ホリフィールドはもうひとつの重要な精神的圧迫から解放されることができた。というのは、タイソンより強いパンチを打てるか、ということだけではなくダメージを与えられるに十分な強打を打てるということを示したのである。その点に気づいてからは、相手のパンチは雪玉のようなものだった。

    5ラウンドにおいて、ホリフィールドのポイントにならないようなパンチの交換においてタイソンを寄せ付けないスピードと、<鉄人>マイクの強打から生き残る能力は、チャンピオンであるタイソンの精神を少しずつ削り取っていった。6ラウンドにおこった2つの出来事がさらにダメージを増幅させる。1つ目は、偶然のバッティングでタイソンの左目が切れたことだった。2つ目は、群集が「ホリフィールドコール」を最初におこしたその30秒後、ホリフィールドはタイソンを短い、強烈なあごへの左アッパーでマットへと沈めた。タイソンがキャンバスに崩れ落ちたのは6年前の東京で以来のことで、東京ドームにおける超現実的な夜がフラッシュバックで蘇った観衆は、少なくなかったはずである。

    7ラウンドから9ラウンドにかけては、タイソンは戦略的に水の上を歩くように戦い、一方ホリフィールドは幾通りにも積み重ねられた最初の計画を完璧に実行した。10ラウンド目、残り20秒でホリフィールドの強靭な右パンチがタイソンをロープに向かってよろめかせ、続く連打でチャンピオンを意識がなくなる寸前まで追い詰めた。

    このあと、ホリフィールドは躊躇しなかった。爆発的な9連打、すなわち、2発のジャブ、頭への切り裂くような右、2発のフック、右クロス、右アッパー、左フックと最後の右パンチ、によってタイソンはもはや助けようのない状態になり、レフェリーであるミッチー・ハルパーンが11ラウンド37秒で割って入ることとなった。そして、歴史上最も壮大な番狂わせのひとつが、記録史上で輝くこととなったのである。

    3月15日、Lee Groves筆

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