2019.04.05 Friday

田中恒成vs田口良一

0

    先月の試合にはなるのですが、日本人同士の注目の一戦、田中恒成vs田口良一についての海外記事をご紹介します。昨年の田口良一vsヘッキー・ブドラー、田中恒成vs木村翔は全国放送でなかったため、私は試合をみられずに大変悔しい思いをしました。しかし!今回は全国放送!ちゃんとみられました!よかったー。

     

    【田中恒成は田口良一を粉砕。日本を熱狂の渦に巻き込み、フライ級タイトルを防衛】

    (3月16日、web上のアメリカ、リングマガジンの記事より)

    https://www.ringtv.com/556818-kosei-tanaka-outslugs-ryoichi-taguchi-in-all-japan-brawl-to-retain-flyweight-belt/

     

    1990年代のアメリカのボクシング隆盛期のように、日本のボクシング界はここ数年にぎわいをみせている。アメリカ時間では夜が明けた早朝、田中恒成と田口良一は、特別な接戦といかないまでも激しい試合を戦った。

     

    岐阜のメモリアル・センターで試合をものにしたのは田中(13勝0敗、7KO)だった。ジャッジ2人が117−111、もう1人は119−109をつけ、3人ともに23歳の田中の勝利を支持し、WBO世界フライ級タイトルの初防衛に成功した。

     

    採点を見る限りでは接戦というわけではないが、田中の顔の腫れが試合を物語っていた。3ラウンド目の序盤、田口(27勝4敗2分、12KO)の右が顔面にヒットし、バランスを崩した田中はあやうくダウンを喫するところだった。そのパンチで目が覚めたかのように田中は4、5ラウンド目を通じ熱のこもったパンチを出し始め、ボディへの強烈な左フックにアッパーカットを交えながらパンチの交換があるたびに田口をうしろへさがらせた。

     

    7ラウンドごろには、108ポンド(ライトフライ級)でWBAとIBFの元統一王者だった田口に腫れが見られだし、ノックアウトされる寸前かと思われた。しかし32歳の田口は、13年のプロキャリアの中で一度もノックアウト負けを喫したことがない理由を見せつけ始めた。9ラウンド目には田中から距離をとってうまく戦い、試合の残り時間を通じて高度な技術を示し続けた。それと同時に田中もレバーへの強打を打ち続け、重い右、左フックで相手の攻勢に応じた。

     

    試合終了のゴングでお互いに抱擁し、両者は相手への大きな敬意を示した。そして田中は田口がリングを降りる前にも引き留めて抱擁を求めた。

     

    田口にとってこの敗戦は、昨年5月にヘッキー・ブドラーに敗れて統一タイトルを手放してからの2連敗となる。

     

    以前105ポンド(ミニマム級)と108ポンド(ライトフライ級)のタイトルを持っていた田中は、112ポンド(フライ級)のリング誌ランキングでIBFタイトル保持者のモルチ・ムタラネに次いで2位にランクされている。

     

    Ryan Songalia筆

     

    JUGEMテーマ:ボクシング

    2019.02.28 Thursday

    ガッツ石松がキャリアを振り返る

    0

      たまには、こんな話題はどうでしょうか。日本人初の世界ライト級チャンピオン、ガッツ石松が自身のキャリアをリング誌に語りました!

       

      【ガッツ石松がキャリアを振り返る】

      (2月27日、web上のアメリカ、リングマガジンの記事より)

      https://www.ringtv.com/555055-best-i-faced-guts-ishimatsu/

       

      日本人戦士、ガッツ石松は3度目の挑戦で世界ライト級タイトルを手にし、1970年代半ばにかけ5度の防衛に成功した。

       

      石松、本名鈴木有二は、1949年6月5日に栃木で生まれた。彼は4人兄弟の中で田舎町の貧しい家庭で育った。当初はプロ野球選手を目指していたが、ボクシングへの興味は12歳の時日本人のファイティング原田をみた時に始まった。

       

      「彼(原田)は幼いころのヒーローだった。」と石松はリング誌に語った。「私にとって彼は、世界中のボクサーにとってのモハメド・アリと同じだ。」

       

      石松はアマチュアでは1度も戦ったことがなかったが、1966年の秋、17歳でプロデビューした。

       

      「アマチュアではお金を稼げなかった。」と石松。「当時は一刻も早くお金が欲しかった。アマチュアのボクシングに興味はなかった。」

       

      当初のキャリアは、将来の世界チャンピオンとは決して思えないほどのものだった。デビュー後3年間での戦績は12勝5敗4分(9KO)だった。

       

      「試合でもっとガッツをみせられるように、と友人がガッツ石松と名付けてくれた。」と彼は明かした。「石松は、江戸時代の有名な博打打の<森の石松>からきている。<森の石松>は日本では愛すべきキャラクターとしてしばしば引き合いに出されるものだ。」

       

      その名前を汚すことなく、彼は大変に勇敢なボクサーへと変貌した。4試合連続で勝利し、最初の世界挑戦の切符を手にしたのだ。1970年6月7日、彼はパナマへ出向き、素晴らしい技術を持った比類なき世界チャンピオンのイスマエル・ラグナに挑戦した。

       

      堂々とした試合をやってのけたにも関わらず、挑戦者はなめらかなラグナに対応できず13ラウンドにKO負けを喫した。

       

      その敗戦以来石松のキャリアには再びむらが出始め、元バンタム級チャンピオンのライオネル・ローズと3度の世界挑戦経験のあるルネ・バリエントスに判定で敗れた。また、門田新一やのちの世界挑戦者のチャン・キリーにも敗れたが、1972年1月の門田との再戦で判定勝利をおさめ、再びキャリアを軌道に戻した。

       

      ボクシング評論家のジョー小泉は、予想以上のキャリアを達成したと語る。

       

      「彼には同時代のライバルが何人かいた。オリンピック出身の高山将孝、東洋タイトルチャンピオンの門田新一。この2人のほうが石松よりもずっと期待されていた。」と2008年にボクシングの殿堂入りを果たした小泉。

       

      「門田の持つOBF(東洋ボクシング連盟、OPBFの前身)タイトルの挑戦者が決まらなかった時、門田は以前KOで勝利していたために石松を簡単な相手と思っていた。しかし石松は番狂わせで世界ランカー門田に勝利し東洋チャンピオンになった。そして人が変わったようにその後は才能あふれるライバルたちを上回っていった。」

       

      新たに東洋チャンピオンとなった石松は2度の防衛に成功し、6連勝を飾り2度目の世界挑戦の機会を手にした。場所は再びパナマ、今回の相手はあの偉大なロベルト・デュランだった。

       

      日本人のスターは、10ラウンドでストップされるまで熱戦を繰り広げた。

       

      7か月後、石松はWBCチャンピオンのロドルフォ・ゴンザレスに東京で挑戦した。この試合で石松はチャンスをものにし、ゴンザレス有利の試合前予想と裏腹に8ラウンドで相手をストップした。

       

      「1度目と2度目の世界挑戦では、世界チャンピオンのレベルを実感した体の強さと身体的な対応力の重要性を痛感した。」と石松は認めた。「そのため多くのキャンプを行って身体を鍛え、ついに、幸運にも、世界チャンピオンになることができた。その試合のお金で家族に家を建ててあげられたからとてもうれしかった。」

       

      石松はゴンザレス(再戦、12ラウンドKO)、元チャンピオンのケン・ブキャナン(3−0の判定)らの挑戦を跳ね返し、WBCタイトルを5度防衛した。

       

      1976年5月、石松はプエルトリコでエステバン・デ・ヘススに大差の判定負けでタイトルを手放した。

       

      最後の世界挑戦となった試合で、石松は階級を上げWBCジュニアウェルター級チャンピオンのセンサク・ムアンスリンに挑戦したが、タイ人のサウスポーであるムアンスリンに6ラウンドでストップ負けを喫した。

       

      石松は14ヶ月後のカムバック戦を戦い、引退することになる。新井容日に判定で敗れ、ドラマあふれる15年のキャリアに幕をおろした。戦績は31勝14敗6分(17KO)だった。

       

      現在69歳の石松は、3人の子供と2人の孫がいる。引退後、。「太陽の帝国」、「ブラック・レイン」を含む何本もの映画出演を果たし、また監督を務めることもあった。

       

      元チャンピオンはリング誌に以下の10項目について語るのに喜んで時間をとってくれた。(以下、項目ごとにベストだったと思う相手を答えている)

       

      ベスト・ジャブ

      ケン・ブキャナン:彼は効果的にジャブを放つために、常に私から適切な距離と角度を保つことができた。

       

      ベスト・ディフェンス

      センサク・ムアンスリン:彼は長いリーチを持っていて、自分のパンチを彼にあてるのが難しかった。

       

      パンチの速さ

      ケン・ブキャナン:経験した中では彼のジャブと右パンチが最も速かった。イスマエル・ラグナも足が速くて打ってすぐ動く速さがあったが、彼のパンチはみえた。デュランのパンチも速かったが、パンチはみえたし反応することができた。

       

      ベスト・フットワーク

      エステバン・デ・ヘスス:攻撃の時も防御の時もいい距離を保つのがうまかった。

       

      あごの強さ

      センサク・ムアンスリン:彼は元からジュニアウェルター級の選手だったので、自分よりもはるかに身体が強かった。鋭いパンチをいくつかあてたが、身体の強さでものともしなかった。デュランもあごが強かったが、時々いいパンチをあててダメージをあたえることができた。

       

      スマートさ

      イスマエル・ラグナ:彼は相手に深入りしすぎずにポイントをとるのがうまかった。

       

      強さ

      ロベルト・デュラン:デュランの身体の強さとスタミナは表現しきれないほどだ。常に身体のパワーでパンチを打ち続け、あらゆる相手を豊富なスタミナで屈服させた。彼の相手は、絶え間ない攻撃をこれ以上受けたくないと思うようになる。これがデュランのノックアウトの道のりだ。

       

      ベスト・パンチャー

      ロベルト・デュラン:デュラン、ムアンスリン、ゴンザレスはみなハードパンチャーだ。しかしパンチのパワーの質がそれぞれ違う。デュランは強いパンチの連打、ムアンスリンは強いピンポイントの単発パンチ、ゴンザレスはとても鋭いパンチで2度彼に勝てたのは幸運だった。

       

      ベスト・スキル

      イスマエル・ラグナ:彼は距離の測定の重要性を分かっていた。常に打たれないで打つための自分の距離を保っていた。必ず打ち込んでから動いて逃げられるようにしていた。ブキャナンも絶えずジャブを放って自分の距離をとっていた。デ・ヘススもコンスタントなフットワークと打っては離れる戦略が巧みだった。ムアンスリンはサウスポーだったので、戦いにくかった。

       

      総合的なベスト

      ロベルト・デュラン:彼はスーパーチャンピオンで、あらゆる面でとびぬけて素晴らしい。彼と戦って感じた強さは、主にとんでもないスタミナからなっている。彼は並外れた身体のパワーを持つがために、パンチの量と連打のスピードで相手を圧倒することができる。相手の2倍、3倍のパンチを放っても決して疲れない。デュランの総合的な強さは怪物的なスタミナから生まれている。

       

      Anson Wainwright筆

       

       

      JUGEMテーマ:ボクシング

      2019.02.13 Wednesday

      井上尚弥の次戦は5月18日

      0

        バンタム級で快進撃を続けている井上尚弥選手。昨年10月のファン・カルロス・パヤノへの勝利でワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)の準決勝へ勝ち上がりました。その準決勝の日程が5月18日に決まったとのこと。相手は同じく準決勝へ勝ち上がってきたプエルトリコのエマニュエル・ロドリゲス。

         

        アメリカのファンも注目の一戦なようで、記事へのコメントには期待の声が並んでいました。そして開催地がスコットランドということで、アメリカのファンは時差があまりなく「試合をみるために一晩中起きていなくてもいいからよかった」と言っていますが、日本のファンは夜更かし、あるいは早朝からみることになりそう…?

         

        【エマニュエル・ロドリゲスvs井上尚弥のWBSS準決勝は5月18日、グラスゴーにて】

        (2月12日、web上のアメリカ、リングマガジンの記事より)

        https://www.ringtv.com/554377-emmanuel-rodriguez-naoya-inoue-wbss-semi-final-bout-set-for-glasgow-on-may-18/

         

        日本人のパウンド・フォー・パウンドスター、井上尚弥がIBFバンタム級タイトルをかけてエマニュエル・ロドリゲスに5月18日、スコットランドグラスゴーで挑戦することが決まった。試合は、IBFスーパーライト級タイトルマッチのイバン・バランチクvsジョシュ・テイラーと同じ興行で開催される。

         

        リング誌のバンタム級タイトルで3位にランクされるロドリゲスは、昨年10月20日、フロリダのオルランドでジェーソン・モロニーに大差の判定勝利をおさめWBSSの準決勝へ勝ち上がった。

         

        世界タイトルを持ってるにも関わらずプエルトリコ出身のボクサーパンチャーであるロドリゲスは、破壊的な進化を見せ続けている井上に対し力のあるアンダードッグとならざるを得ない。

         

        「この時を待ち続けていた。」とロドリゲス(19勝0敗、12KO)。「私はいつも最強の相手を戦いたいと思ってきた。そして今、メディアやファンに最強と考えられているボクサーと戦うことができる。これは私のチームにとっても、プエルトリコにとっても大きなモチベーションだ。このチャンスをものにしたい。」

         

        「勝利を手にしたい。スコットランドでプエルトリコを輝かせたい。勝ち進んでアリ・トロフィーを持ち帰る自身はある。」

         

        リング誌でバンタム級1位にランクされる井上は、昨年10月10日に元チャンピオンのファン・カルロス・パヤノをたった70秒で粉砕している。これは、<モンスター>にとって連続2度目の1ラウンドノックアウト勝利であり(1度目はジェイミー・マクドネル相手にだった)、どちらの相手もそれまでノックアウト負けを喫したことのない選手だった。

         

        「目標は、栄誉あるアリ・トロフィーを手に入れて自分がバンタム級世界最強を証明することだ。」と井上(17勝0敗、15KO)。「多くのファンの前で英国で戦えるのが待ちきれない。彼らに<モンスター・パフォーマンス>を見せたい!」

         

        「この素晴らしい対戦は、ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズの目玉となるだろう。」と主催者。

         

        「2人の無敗の世界チャンピオン、2人の卓越したアスリートが、アリ・トロフィーが勝者を待つワールド・ボクシング・スーパー・シリーズの決勝へ進むために全てをかけてくる。これ以上のものはないだろう。」

         

        Tom Gray筆

         

        ▼こちらの記事も参考にしてください

        井上尚弥vsファン・カルロス・パヤノ

        井上尚弥vsジェイミー・マクドネル

         

        JUGEMテーマ:ボクシング

         

        2018.12.19 Wednesday

        ワシル・ロマチェンコvsホセ・ペドラサ

        0

          5月にホルヘ・リナレスに勝利してWBAライト級タイトルを手に入れたロマチェンコ。WBOタイトル統一を目指してホセ・ペドラサと戦い、見事に王座統一に成功しました。以下の記事では対戦相手としてマイキー・ガルシアの名前が挙げられていますが、現在リング誌のパウンド・フォー・パウンドランキングで1位にランクされるロマチェンコの今後には注目です。

           

          【ワシル・ロマチェンコはホセ・ペドラサを2度ダウンを与え、判定勝利でライト級王座統一】

          (12月8日、web上のアメリカ、リングマガジンの記事より)

          https://www.ringtv.com/549878-vasyl-lomachenko-drops-jose-pedraza-twice-unifies-lightweight-belts-by-decision/

           

          メインイベントの拮抗した10ラウンドを通じ、記者席では先週と同じ(ワイルダーvsフューリーの)ような僅差の、接戦の判定の予感が漂っていた。それを11ラウンドにワシル・ロマチェンコは覆した。

           

          ラウンドを通じ、ロマチェンコはプレッシャーを強めると同時にパンチを打ちこんだ。あらゆる角度からの絶え間ない集中砲火に続いたボディへの左フックで、ペドラサはひざをついた。

           

          その時点までは人生最高のボクシングを展開していたペドラサは、カウントを打ち破って立ち上がったが、直後に再びダウンした。ペドラサはそのカウントを有効に活用し、ラウンド終了のゴングが彼を救った。

           

          ロマチェンコはさらにギアを上げて攻撃に集中し、12ラウンドをものにして試合終了のゴングが鳴った。ジャッジは2人が117−109、1人が119−107をつけ、全員がロマチェンコ(12勝1敗、9KO)の勝利を支持した。ロマチェンコは自身の持つWBAタイトルに加えペドラサ(25勝2敗、12KO)の持つWBOタイトルをマディソン・スクエア・ガーデンのザ・シアターで手に入れた。

           

          30歳のロマチェンコにとって、試合は2014年の11月にプロ4戦目として行われたチョンラターン・ピリヤピンヨー戦以来の判定となった。プエルトリコ、カグアス出身の29歳のペドラサは2017年にジャーボンテイ・デービスに9ラウンドTKO負けを喫して以来3連勝を記録していた。

           

          「タイトル統一は私の夢だった。これを目標としていた。これからは次の目標に集中できる。」とウクライナ出身のロマチェンコ。5月にホルヘ・リナレスに10ラウンドTKO勝ちしてから手術を受けた右肩には何も問題は残っていないとも語った。

           

          8月にレイムンド・ベルトランに勝利しベルトを獲得したペドラサは、序盤のラウンドにはロマチェンコのボクシングについて行っていた。ロマチェンコはスタミナを温存した動きではあったが、左ストレートを放つ際は的確で効果的だった。

           

          拮抗したラウンドごとに距離を変化させながら、ペドラサはロマチェンコと対峙するに十分な多彩さをみせ、頭やボディにこれまでのロマチェンコの対戦相手の中では最もパンチをヒットさせることができた。強靭な10ラウンドが終わり、それからはロマチェンコの時間だった。

           

          試合後のインタビューで、ロマチェンコは最も意欲の沸く対戦を望んでいると繰り返していたが、現時点でもそれは遠く離れたもののように思われる。

           

          「おそらく来年にはマイキー・ガルシアとの試合が実現するかもしれない。」とロマチェンコは、3月に2階級上げてエロール・スペンスと対戦する無敗の選手を名指しした。

           

          負けてなお、復帰路線を歩むにあたってペドラサの株は上がったかもしれない。

           

          「今夜の自分のパフォーマンスには満足している。世界最高の選手と12ラウンド戦うことができた。次にやらなくてはいけないことは分かっている。」と、ノックダウンがあるまでは試合は拮抗していたと考えるペドラサは語った。

           

          「一日が終わって、自分のしたことを誇りに思う。」

           

          試合はマンハッタンのミッドタウンに5312人が集い、トップランク主催としてESPNで中継された。

           

          Ryan Songalia筆

           

          ▼以下の記事も参考にしてください

          ワシル・ロマチェンコvsホルヘ・リナレス

           

          JUGEMテーマ:ボクシング

          2018.12.05 Wednesday

          デオンテイ・ワイルダーvsタイソン・フューリー

          0

            激戦となったワイルダーvsフューリーのヘビー級タイトルマッチ!以下の記事では、ダウンがなければフューリーが勝っていた内容の試合、というスタンスで書かれています。戦前の予想に反する接戦に、再戦は必至との声が高くなりそうです。

             

            【タイソン・フューリーはデオンテイ・ワイルダーのパンチによる2度のダウンを生き延び、接戦の引き分けへ】

            (12月1日、web上のアメリカ、リングマガジンの記事より)

            https://www.ringtv.com/548927-tyson-fury-survives-two-knockdowns-at-hands-of-deontay-wilder-settles-for-controversial-draw/

             

            タイソン・フューリーは、すでにデオンテイ・ワイルダーの右パンチによりキャンバスへと粉砕されていた。そして、さらなる左フックが彼を沈めた。

             

            6フィート9インチ(約206cm)、256.5ポンド(約115.4kg)の体格のフューリーは、自身の勝ちにつながっていたであろう試合の最終ラウンド残り時間わずかのところで倒れた。彼は動かなかった。レフェリーのジャック・リースがカウントを始めた。ワン、ツー。スリー、生還の兆候はなかった。フォー、ファイブ…そして、突然、フューリーは葬儀屋の脚本を破り捨て、まるでびっくり箱のように立ち上がった。一体全体どうやってフューリーは、ボクシング界で最も危険なヘビー級の強打者の鋭いパンチ2発を生き延びたのだろうか?

             

            フューリーは、ただ立ち上がっただけではなかった。彼はワイルダーに距離をつめ始め、12ラウンドの終盤にはワイルダーをピンチに陥らせさえした。フューリーという選手はいなくなってはいなかった。彼はここで終わりになるには長すぎる道のりを歩んできた。2015年にウラジミール・クリチコへの勝利で世界に衝撃を与えたあと、正当な世界チャンピオンであったフューリーは体調の落ち込みと薬物乱用の騒動の際2年半近くリングに上がっていなかった。一時は400ポンド(約180kg)近くまで体重が増えていた。

             

            そして3年後、フューリー(27勝0敗1分、19KO)は、ショウタイムのペイ・パー・ビューによる世界ヘビー級タイトルマッチという最高のステージに上がることになる。英国人の彼は、ステープルズ・センターに集った17698人のファン、その多くは英国から彼を応援するためにやって来ていた、彼らの前で素晴らしいパフォーマンスを披露した。しかし、勝利をつかむことはできなかった。

             

            その代わり、試合は議論の余地のある三者三様の引き分けとなった。ジャッジの一人は114−110でフューリー、一人は115−111でワイルダー、一人は113−113で引き分けとつけた。ワイルダーの与えた2度のダウン、そして9ラウンド目には相手を防戦一方とさせる場面もあり、ワイルダーがヘビー級タイトルを確実に守ったであろうと思わせた。しかしながら、一夜の主役となったのは、フューリーだった。

             

            「力は出し尽くした。私は2度ダウンした。しかし試合は自分が勝ったと信じている。」と30歳のフューリーは語った。「世界中の人が、勝ったのは私だと分かっている。3年近くリングから離れていた自分がここまでやれたことを誇りに思いたい。今夜は決してノックアウトさせるつもりはなかった。戦うハートをみせられた。今夜はここに来て精一杯戦った。」

             

            「再戦の可能性は100%だ。我々は二人の偉大なチャンピオンだ。自分とワイルダーの二人は、は地球上で最も優れたヘビー級選手だ。」

             

            フューリーは、試合開始化から長いジャブを素早くヒットさせ試合をコントロールした。彼はリードブローを大変効果的に利用した。6フィート7インチ(約201cm)の体格で、相手から打たれることに慣れていないワイルダーから距離をとった。フューリーは絶えず動き、足を使って後ろに下がるボクシングに徹した。それはパンチに威力が備わらないことを意味したが、それでも彼は1ラウンドの終わりに向かってワイルダーにダメージを与えた。彼は立ち位置を選んで動きながら、効率的にパンチを放っていた。

             

            ワイルダー(40勝0敗1分、39KO)は、試合の間中一発パンチを模索し続けていた。33歳で、自身の持つヘビー級タイトルの8度目の防衛戦を迎えたワイルダーは、困惑していた。彼はただ答えをみつけられなかっただけだった。フューリーがポイントを積み上げていっている、あるいはそのように思われたとしてもそれを互角に持っていく糸口をみつけることはできなかった。

             

            「パンチを急ぎすぎた。」と、リング誌のヘビー級ランキングで2位にランクされるワイルダーは認めた。「いつもはしないことだ。落ち着くことができなかった。忍耐強くチャンスを待つのではなく、パンチをあえて振りすぎてしまった。本当に相手を倒したかった。ファンが望むものをみせたかったんだ。」

             

            「2度のダウンがあったから、絶対に自分が勝ったと思っている。右パンチを大振りし始めてしまい、修正することができなかった。」

             

            212.5ポンド(約95.6kg)の<ブロンズ・ボマー>(ワイルダーのニックネーム)は、相手とは44ポンド(約19.8kg)の体重の開きがあった。しかし、お互いが至近距離で打ち合うことはほとんどなかったので体重は関係なかった。

             

            <ジプシー・キング>(フューリーのニックネーム)は、ワイルダーのジャブにより出血した鼻を抱えながら試合のほとんどを戦わなくてはいけなかった。しかし、ワイルダーも問題を抱えていた。ワイルダーの左目は試合の中盤には腫れてふさがり始め、時点においても自慢の右をヒットさせられずにいた。

             

            フューリーはたびたびワイルダーをあざけってみせた。舌を突きだし、手を後ろに隠し、ワイルダーに攻撃してくるようけしかけた。ワイルダーの顔はフラストレーションで紅潮し、フューリーは簡単にアウトボクシングを続けることができた。7ラウンド目、フューリーはワイルダーに大きなパンチをヒットさせた。ワイルダーは強烈なパンチを振りまわして応戦したが、フューリーは簡単にダッキングでかわした。そして、ついにその瞬間が来る。

             

            ワイルダーのヒットさせた左フック、つづくこめかみへの右でフューリーはダウンし、戦略的な試合内容はひっくり返された。フューリーがレフェリーのジャック・リースのカウントを冷静に聞く間、緊張感は高まるばかりだった。彼はテンカウントされることなく立ち上がった。しかし、明らかに足はふらついていた。ワイルダーは勝利を確定的にしようと襲いかかった。

             

            ワイルダーは3月、ルイス・オルティスを10ラウンドにノックアウトした試合では採点で負けていた。今、フューリーはふらふらだ。ワイルダーはフューリーを素早くロープに押し込み、あらゆる無謀なパンチにも全力を込めて放った。どうにかして、フューリーは棒立ちにさせられた猛攻の中左フックのカウンターをワイルダーに浴びせた。彼は腕を大きく広げ、「来い!」と叫んだ。そしてラウンドが終わるころには、フューリーが完全に意識を取り戻したのは明らかだった。

             

            ふらついたフューリーの状態はクエスチョンのままだった。彼はここ3年間で2度しか試合をしておらず、同国人のセフェル・セフェリとフランセスコ・ピアネタに勝利している。しかし試合が進むにつれてフューリーがスローダウンすることはなかった。10ラウンド目にはワイルダーを後退させ始めさえした。それまでのラウンドで試合を終わらせようとしてパンチを振りまわし、疲れているのはワイルダーのほうだった。エネルギー切れのワイルダーは繰り返しワンツーを浴びた。ワイルダーの時間は終わっていた。

             

            もちろん、彼の時間は12ラウンド目に再び訪れる。ワイルダーは勝利を手にしなかったが、面目は保った。とにかく、引き分けに逃げ込むことができたのだ。今や、再戦によるより多くの富が両選手を待っている。

             

            「我々は世界最高峰の選手たちで、今夜それを証明した。」とワイルダー。「勇敢な戦士が二人いれば素晴らしい試合がみられる。それが我々が今夜証明したことで、もう一度戦う準備はできている。再戦で、絶対に彼をノックアウトする。」

             

            Mike Coppinger筆

             

            JUGEMテーマ:ボクシング

            Calendar
             123456
            78910111213
            14151617181920
            21222324252627
            282930    
            << April 2019 >>
            ボクシングファン必見の商品、多数取り揃えています
            おすすめ


            リングマガジン2018年8月号



            ゴロフキンvsアルバレス第1戦Tシャツ



            ジョー・ルイスTシャツ



            ミニボクシンググローブキーホルダー


            ショップの商品カテゴリ

            マニー・パッキャオのDVD


            フロイド・メイウェザーのDVD


            マイク・タイソンのDVD


            モハメド・アリのDVD


            名勝負選シリーズDVD


            KO集DVD


            Tシャツ


            雑誌


            小物


            フェイスブックやってます
            Selected Entries
            Categories
            Archives
            Recent Comment
            Profile
            Search this site.
            Others
            Mobile
            qrcode
            Powered by
            30days Album
            無料ブログ作成サービス JUGEM